現場が最高の状態でも、関係は終わる。その事実が私たちに問いかけるものとは
所長この記事を書いている著者は・・
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なぜ「うまくいっている時」に別れるのか
2024年、アルカラスとフェレーロ氏が契約解消を発表した時、私が最初に感じたのは「なぜ今なんだろう」という疑問でした。
グランドスラム2勝、71勝9敗、年間ランキング1位。これ以上ない結果を出した年に、なぜ関係を終わらせるのか。フェレーロ氏自身も「チームの関係性は最高だった。喧嘩は一度もなかった」と語っているんですよね。
でも、スペインメディアの報道を追っていくうちに見えてきたのは、「現場の成功」と「関係の継続」は必ずしもイコールではないという、プロスポーツの厳しい現実でした。
わずか2日という時間が意味するもの
契約書を渡されてから、署名までわずか2日。
この事実が、私にはすごく引っかかったんです。7年間一緒にやってきた相手に対して、新しい契約を2日で決めろと迫る。それって、本当に「話し合い」を求めているんでしょうか。
プロの契約には、報酬の話だけじゃなくて、帯同スケジュールやチーム編成、練習拠点の問題まで、検討すべきことが山ほどあるじゃないですか。それを2日で判断しろというのは、実質的に「受け入れるか、断るか」の二択を迫っているようなものです。
フェレーロ氏が「じっくり話し合えば解決できたかもしれない」と語っているのを聞いて、私は日本のテニス指導の現場を思い出しました。指導者と選手、あるいは保護者との関係で、「話し合う時間」がないまま関係が壊れていくケース。意外と多いんですよね。
目に見える成果と、目に見えない関係性
報酬の減額、練習拠点の移転、父親との関係悪化。表面的には契約条件の問題に見えますが、本質はもっと深いところにあるんじゃないかと思うんです。
興味深いのは、元トッププロのロペス氏が「本当にアルカラス自身が決めたのか疑問だ」と語っている点です。22歳の若者が、7年間支えてくれた恩師との関係を自分の意思で終わらせる。それって、本当に簡単な決断でしょうか。
トニ・ナダル氏が指摘するように、今は「選手の発言力」が以前よりはるかに大きくなっている。でもそれは同時に、選手本人の意思なのか、周囲の意向なのかが見えにくくなっているということでもあるんですよね。
家族という存在の両義性
選手を支える家族の存在は不可欠です。でも、家族の意向とコーチの方針が対立した時、選手はどうすればいいんでしょう。
アルカラスの地元に新しいアカデミーを作り、そこを拠点にする。家族経営のアカデミーで、家族の影響力を強める。それ自体は悪いことじゃないかもしれません。でも、それがフェレーロ氏との関係を終わらせる理由になったという事実は、プロスポーツにおける「家族」というものの複雑さを物語っています。
私自身、指導の現場で保護者の方と向き合う中で、この難しさを感じることがあります。選手本人にとって最善なのは何か。その判断が、立場によって変わってくる瞬間があるんですよね。
私たちが学べること
この話は、トップ選手と名コーチの特殊な世界の出来事のように見えます。でも、コーチとの関係を考える上で、私たち一般プレーヤーにも共通する要素がたくさんあるんじゃないでしょうか。
技術的な相性だけじゃなくて、費用のこと、スケジュールのこと、練習方針のこと。定期的にしっかり話し合う。当たり前のようで、意外とできていないことかもしれません。
そして何より、「うまくいっている時こそ、対話が必要」ということ。結果が出ているからこそ、お互いの期待値や方向性のズレが見えにくくなる。そこに気づかないまま進むと、ある日突然、修復不可能な溝ができてしまうんですよね。
終わりは、本当に終わりなのか
フェレーロ氏の「また彼と一緒に仕事をする可能性を閉ざしたくはない」という言葉が、私には印象的でした。
別れは別れとして受け入れながらも、未来の可能性は残しておく。それって、大人の関係性だなと思うんです。感情的にならず、でも諦めもせず。
2025年の全豪オープンで、もしアルカラスが生涯グランドスラムを達成したら、フェレーロ氏は「一人のファンとして」それを見守る。その姿勢に、7年間の師弟関係の重みと、同時に新しい関係性への敬意が感じられます。
成功の絶頂で別れを選ぶ。それは終わりであり、同時に新しい始まりでもある。あなたと誰かとの関係も、もしかしたらそういう瞬間を迎えるかもしれません。その時、どう向き合いますか?


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